2011年3月3日木曜日

アメリカ民主主義崩壊の危機 ~ウィスコンシン州公務員デモ 3~



【主張】教育政策担当:鈴木

 今、ウィスコンシン州で起こっている公務員の団体交渉権剥奪に関する一連の事態を、どれだけの日本国民が問題意識を持って動向を追っているのだろうか。これをアメリカのとある田舎の問題として捉えてはいけない。『労働組合解体の危機』でも書いたように、ウィスコンシンで公務員の団体交渉権剥奪法案が決議されれば他州に拡大することは必至だ。(後で紹介するが、実際、ウィスコンシン州知事Scott Walker自身、億万長者Koch兄弟の一人であるDavid Kochを装った話し手とのいたずら電話における会話で、他州の知事との毎日のように連絡を取っており、ウィスコンシンで成功した際には、オハイオ、ミシガン、フロリダ…とリストに沿ってドミノを倒していくと明言している。)だからこそ、全米が注目しているのであり、日本にとっても関係のない問題ではない。


 Bancroft Prize受賞歴史学者、ハーバード大学のLizabeth Cohen教授A Consumers' Republicでも描写しているように、第二次世界大戦以降、徐々にコントロールを失ったアメリカの資本主義は、国家の基盤である自由主義と民主主義という二つの競争する理念の健全なバランスを不可能にし、民主主義の在り方をも変えてきた。今、ウィスコンシンで起こっている事態が浮き彫りしているのは、アメリカ民主主義崩壊の危機だ。


 NYタイムスのコラムニスト、Pau Krugmanが“Wisconsin Power Play”という記事で今回の事態を見事に分析している。


 Krugmanは、ウィスコンシン州知事Scott Walkerは州の予算をバランスしようとしているだけという素振りを見せているが、真の狙いは予算などではなく政治的権力だと言う。Walkerと彼の仲間たちがやろうとしているのは、ウィスコンシン、そして最終的にはアメリカ全体の民主的政治機能を不全にし、発展途上国にあるような少数独裁政治を確立することだ、と。どういうことなのか詳しく見てみよう。


 Krugmanは、現代のアメリカの政治プロセスが平等ではないことを指摘する。理念では確かにアメリカの市民は誰でも平等の発言権を持っていることになっているが、実際には平等な発言権が与えられているのは一部の裕福な人間だけだと言う。例えば、億万長者たちはロビーイストを集団で雇って政治家たちにプレッシャーをかけることも、自らにとって都合の良い情報を引き出せそうなシンクタンクに出資して政治的議論の方向付けをすることも、視点を共有する政治家にお金を流し込むこともできる。


 これは、今日のアメリカでは公然の事実だ。先に紹介した億万長者、Koch兄弟が良い例だ。彼らはKoch Industriesというカンザス州に拠点を置くエネルギー関連の大企業を経営しているが、実は彼らこそがウィスコンシン州知事Walkerの最大のスポンサーだ。対話を望む何万もの民衆とは一切話そうとしないWalkerが、Koch兄弟を名乗る人間からのいたずら電話には飛びつくのにも納得だ(NY Times)。


(実際の電話もYou Tubeで聴くことができる。 
http://www.youtube.com/user/TheBeastvideos#p/a/u/1/WBnSv3a6Nh4 
http://www.youtube.com/user/TheBeastvideos#p/a/u/0/Z3a2pYGr7-k


 また、Koch兄弟は昨年11月の米中間選挙で大活躍したTea Party運動の中核を担ったAmericans for Prosperityという非営利団体にも何億という献金をしている。今回のデモを受け、その団体のトップがウィスコンシンにすぐ駆け付け、デモに対抗するデモを組織したことも注目に値する。
 
もう一つ、Walkerが通過させようとしている144ページに及ぶ予算修正案には、あまり知られていない危険な一つの項目(16.896)がある。それは、州知事であるWalkerが、州が所有する加熱、冷却、及びその他のパワープラントを入札なしに彼が選ぶ企業に彼の判断する値段で売却する権限を新たに与えるというものだ。Koch Industriesが主にエネルギーを扱う企業であり、ウィスコンシン州でもトイレットペーパー工場やその他のガソリン供給ターミナルを経営している事実を知ると、政治と金との癒着を疑いたくなるのは極めて自然なのではないだろうか。(NY Times; ginandtacos.com)


Krugmanは言う。


 "Given this reality, it’s important to have institutions that can act as counterweights to the power of big money. And unions are among the most important of these institutions."


 「このような現実では、ビッグマネーのパワーに対抗できる機関があることが重要になってくる。そして、労働組合はそれらの機関の中でも最も大事なもの一つだ。」


 何よりも、労働組合は中流階級そして労働者階級を代表する数少ない、影響力のある機関だ。Krugmanは我々に問いかけている。過去30年間でアメリカは民主主義から少数独裁政治へと変遷を遂げたのには、プライベートセクターにおける労働組合の衰退がそれに大きく関わっている。もしこれでパブリックセクターの組合まで無くなったらアメリカの民主主義はどうなるのか?


 突拍子もない話に聞こえるかもしれないが、このような主張は学術的にもされてきている。例えば、Christine E. Sleeter (2008)はPerkins (2004)を引用し、“Teaching for Democracy in an Age of Corporatocracy”という刺激的な論文を書いた。その中で、彼女はアメリカ民主主義の少数独裁政治への変遷と、一部のコーポレートエリートによる独裁政治(Corporatocracy)の教育に対する影響を分析している。


 組合への攻撃は成功するのかという問いに対して、Krugmanはこう答えている。


 “I don’t know. But anyone who cares about retaining government of the people by the people should hope that it doesn’t."


 「わからない。しかし、人民による人民のための政府を保ちたいと思う人は皆、そうならないようにと願う他ない。」 


 


(次回は教育学的視点からこの問題に迫ってみたい。)





参考文献


Cohen, L. (2003). A consumer's republic. New York: Vintage Books.
Perkins, J. (2004). Confessions of an economic hitman. San Francisco: Berrett Koehler Publishers
Sleeter, C. E. (2008). Teaching for democracy in an age of corporatocracy. Teachers College Record, 110(1), 139-159.
Wisconsin Power Play by Paul Krugman
Billionaire Brothers’ Money Plays Role in Wisconsin Dispute by Eric Lipton
Walker Receives Prank Call From Koch Impersonator by Sulzberger
Shock Doctrine, U.S.A. by Paul Krugman
STAND AND DELIVER (ginandtacos.com)


*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。

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