2011年6月23日木曜日

チャータースクール主流化の問題点 (日本への警告8 / 加速するチャータースクール推進運動4)

【主張】 教育政策担当: 鈴木

*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。 

まえがき

 『日本への警告』シリーズでは、いかにハリケーン・カトリーナによって大被害を受けたニューオーリンズの従来の公立学校システムが、再建されることなく政府に見捨てられ、代わりに導入された史上最大規模のバウチャー/チャータースクール化によって、積極的に解体されていったかを書いてきた。前回も触れたが、現在、ニューオーリンズは都市としてアメリカで最多のチャータースクールを誇る。そして2012年までにはおよそ市内75%の公立学校がチャーター化されるという(Institute of Race and Poverty, 2010)。『加速するチャータースクール推進運動』でも書いた通り、成績の悪い公立学校を潰してチャータースクールに作り変えるというのは、ニューオーリンズに限らず全米に広がる動きだ(カンザスシティーニューヨークデトロイトの例)。前回も述べたように、私はチャータースクールというアイディア自体に異論を唱えているわけではない。ただ、本来オルターナティブとして生まれたチャータースクールをメインストリーム化しようとする動きには危機感を抱いている。今回はその問題性を政策の視点から考えたい。
チャータースクールはどれくらい成功しているのか
 まず、チャータースクールは従来の公立学校と比べ、良い成績を残しているかのようなイメージがあるが、これは大きな間違いだ。実は、従来の公立学校をテストの点数において凌いでるチャータースクールは5校に1校(17%)もない(Center for Research on Education Outcomes (June 2009). Multiple choice: charter school performance in 16 states. Stanford University.)。よって、チャータースクールの中でも大きな格差があり、むやみにチャーター化を進めることは危険だ。


成功しているチャータースクールを全国規模で展開できるのか

 では、成績を残している一握りのチャータースクールをモデルとして増やせばよいかと言えば、これも安易な考えであると言わざるを得ない。実際、KIPP, Harlem Success Academy, Harlem Children’s Zoneなど、年々拡大し、“McCharter”と呼ばれるフランチャイズのチャータースクールもあるが、これらの学校は共通して、他のチャータースクールとは比べ物にならないほどの資金を主にプライベートセクターから調達している。

Harlem Children’s ZoneHCZ)を例にとってみよう。HCZの資本の3分の2はプライベートセクターからの寄付によるもので、2009年の時点で既に$200 millionに達する勢いだった。また、ニューヨーク市の従来の公立学校では、一人の生徒につき$14,452の予算がつけられているが、このうちの半分以上は教室内の学習指導ではないものに使われる。それに比べ、HCZでは、教室内の学習指導のみに一人$16,000ものお金をかけている。また、HCZの高校では、各学級の生徒数は平均して15名以下。それに対して通常2名の正規教員がつくという贅沢な教育環境となっているLauded Harlem Schools Have Their Own ProblemsDobbie & Fryer (2009)が指摘するように、課題は、似たような成績をもっとコストのかからない方法で達成する道を模索するであり、これらの恵まれた要素が揃ったチャータースクールを青写真として全国規模で展開することには無理があると言わざるを得ない。


市場理論だけで教育の質を高めることができるのか

 次に、『現代アメリカ教育を支配する価値観 ~市場型教育改革を考える』でも書いたように、 チャータースクールやその他の学校選択制は、1983年の『危機に立つ国家』の出版以降、アメリカで台頭してきた新自由主義的市場型教育改革の一つであり、今日、アメリカ連邦政府の教育政策はこれらの改革一色に染まりつつある。しかし、連邦政府がNo Child Left Behindによって確立したスタンダードとアカウンタビリティーシステムやRace to the Topによって推進した教員のメリットペイ (能力給制度)と今回問題にしているチャータースクールやバウチャーなどの学校選択制を見れば良く分かるが、これら市場型教育改革の一つの問題点は、どれも確固たる教育学的根拠に基づいていないところだ。つまり、このような教え方をしたら生徒の学力がこのように伸びた、問題行動を繰り返す子にこのようなインターベンションをしたらこのような変化が見られたなどという、ミクロで人間的なやりとりに根差した教育学的研究からは距離を置き、主に教育市場におけるインセンティブやレバレッジというマクロで無機質な発想によって教育を改善しようとしているのだ。

 その結果、成績の悪い学校は売り上げの悪い店舗のようにどんどん閉鎖され、教員も1000人単位で解雇されている。確かに、何の競争もアカウンタビリティーも存在しない公共システムは腐敗する。だが、真にコンペテントでアカウンタブルな教育システムを造るなら、学校閉鎖や教員解雇で満足するのではなく、何が問題だったのか、どうしたら改善できるのかという、根源的でより難しい問題と向き合うことが求められているのではなかろうか。

王道を極めるためのオルターナティブであれ ~学校選択制と平等の問題~』でも示唆したように、チャータースクールには、本来の理念通り、古くなった公立学校システムに新たな風を入れるためのオルターナティブであって欲しいと思う。

2011年6月18日土曜日

教育費の国際比較は可能なのか?(2)

まず、第一の論点「一人当たり教育費の方がふさわしいのではないか」という点についてみてみよう。

日常的な感覚からすれば、一人当たり経費というのは、GDPに占める教育費よりも妥当な金額であるかのように思われる。面倒を避けるため正式な定義をここでは紹介しないが、GDPとは国・地域の経済規模を測る指標と考えてもらいたい。さて、経済規模と言われても何のことだかハッキリしないが、家計とのアナロジーで理解するのが、正確ではないが分かりやすい。(無論もっと正確な議論が知りたい方は、文部科学省が毎年発行している、「データで見る日本の教育」を参照されたい)

山田家は、サラリーマンの父親と専業主婦の母親、さらに小学生の息子と娘のいる一家だ。父親の稼ぎは悪くなく、年収にして800万円ほどあると仮定しよう。この山田家の経済規模とは父親の800万円のことだと思っていただきたい。実際には山田さんは月々の給料から住宅ローンを返済しているのかもしれないし、逆に親から残された家に住んでいるために住宅ローンの替りに定期預金や証券を買っているかもしれないが、ここではそうした事は考えず、800万円はすべて何らかの形で支出されていると考えよう。

山田家は800万円のうち、どのようにしてお金を使うべきだろうか?当然、衣食住にはお金がかかる。郊外に住んでいれば当然自動車を保有し維持するお金もかかる。山田さんはゴルフに会社の人や取引先の人たちと週末いかなければならないだろうし、山田婦人も友達とたまには高級レストランのランチを食べたいだろう。

しかし夫婦にとってはやはり子供ふたりの為の出費はバカにならない。クラスの男子みんなが通っているサッカー教室に通わせなければならないし、娘はバレー教室に通っている。さらに地元の公立中学校はあまり評判が良くないため、遠くの私立学校に通わせたいので塾に費やす金も本当に頭がいたい・・・。

うち、結局子育ての費用、学校給食から始まりサッカー教室や塾の費用すべて含めて、年間200万円ほど支出しているとしよう(実際にはこれより多い家庭のほうが多いだろうが・・・)。すると、山田家の「GDPに占める教育費」とは200割る800で、25%である。当然この単純な例えば話から解るように「教育熱心」(無論教育とはどのようなものであるかによってこの言葉の意味は異なるだろうが、ここでは言及しない)であればあるほど、この数値は高いに決まっている。習い事や塾の回数が増えれば、このパーセントは高いものになっていく。

さて、この喩え話からするに、GDPに占める教育費にはいくつかの要素が影響することが解る

1,子どもの数に依存する
2,大人のほうの事情にも依存する
3,経済全体の活動に依存する

山田家にもう一人子供が生まれれば、当然のことながら教育費は上昇する。ところが、逆に一人当たりの教育費は少なくなる可能性が高い。すでに上の子供たちの使ったものをそのまま使えるわけだし、家計全体の余裕が無くなって、支出を切り詰めなければならないからだ。

つまり、一人当たり教育費と、GDPに占める教育費の比率は、違うものを比較しているのである。

2011年6月8日水曜日

教育費の国際比較は可能なのか?(1)

多くの国では、教育の質を測る一つの指標として、どの程度の金額を支出しているかが用いられている。そして、その国際比較はOECDが長い間行っていることである。下記のグラフは日本の報道機関の物だが、いわゆる先進諸国のGDP(総経済規模)に占める教育支出の割合の比較のグラフである。

グラフ

このグラフを見る限り、日本は経済規模からすればアメリカや他の先進諸国に比べて、少ない額しか教育に出費していないように思われるのだが、この単純な比較ではいくつもの重要な点が抜け落ちている。そういった点を考慮すると、「特定の国の公的教育支出が国際的に高い(低い)」という主張は、比較する立場により結論が大いに異なるというのが筆者の概観である。

まず、この単純な主張で考慮されていない点を以下に箇条書きしよう

1,生徒一人当たりの出費はどうなっているのだろうか?子どもが多い国では、同じ教育サービスを提供していればその分出費は増えるのではないか。

2,為替レートというのは激しく変動するものだと言われているが、異なる通貨の間で金銭額の多寡を測るのはどうすれば合理的なのだろうか?この数年で1ドル120円から79円まで変化したために、単純に為替レートで比較すると、支出額は全く変化していないのに、ドル建てで見れば日本の教育費は50%も増額されたことになる。異なる通貨を持つ経済における金銭額で表される交換価値が、果たして異なる国の出費額を比較する上で適正なものなのだろうか?

3,そもそも、支出の内訳はどうなっているのだろうか?それ以上に、お金をかけていれば無条件に高い質の教育を提供していると言えるのだろうか?設備は整っていないが先生の多い学校と、先生は少ないが図書が多くてきれいな建物の学校とでは、お金の使い方としてどちらが良いのだろうか?単純にお金の額が多いとしても、賢い使い方をしてなかったら比較としては意味が無いのではないだろうか?

これから数回に分けて、以上の問題について簡単に説明してみたい。

2011年5月25日水曜日

王道を極めるためのオルターナティブであれ ~学校選択制と平等の問題~

【主張】教育政策担当: 鈴木

*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。

(出典: GothamSchools)


『日本への警告』の連載の途中だが、『ブロンクスのチャータースクール、州法に反して入試』(Phillips, A. GothamSchools , May 19, 2011)というタイムリーな記事があったので紹介したい。


ニューヨーク市のサウスブロンクスにあるAcademic Leadership Charter Schoolというチャータースクールが、ニューヨーク州法に反して入試にて生徒のセレクションしていることが関係者の話で判明した。州法では、学校側が能力に関係なく平等に生徒を受け入れるように、全てのチャータースクールが抽選にて生徒の入学を決めるよう定めている。しかし、この学校では、当選した生徒と保護者を学校に呼び、学力テストをした上で入学の是非を決定していた。また、複数の元職員の証言によれば、在校生でも成績の悪い生徒は、他校に移るようなプレッシャーを校長がその生徒や保護者に常に与えていたという。

私は、チャータースクールの理念に反対ではない。加速するチャータースクール推進運動シリーズの続きでいつか書こうと思っていたことだが、本来のチャータースクールの目的というのは、規制緩和により、いかなる規制が公立学校改革の妨げになっているかを見極め、その結果をもって従来の公立学校に反映することにあった。しかし、今の流れでは、従来の公立学校を潰し、オルタナティブであるはずのチャータースクールをメインストリーム化しようとするもので、本来の理念を見失っている。オルターナティブの存在意義は、王道を究めることにあるはずだ。それを忘れてはいけない。

また、公教育における「公」と「私」の境界の不透明化でも書いたように、今回問題になった学校や、ニューオーリンズのようにチャータースクールによる新入生のセレクションが合法とされている地域では、能力によって拒否されることなく誰でも地元の学校に入れるという伝統的な公立学校の概念はもはや過去のものとなっている。よって、それらの地域ではチャータースクールに自然に学力の高い生徒が集まり、プライベートセクターから莫大な資金も集まる一方で、従来の公立学校には英語を第二言語とする生徒や障害をもつ生徒が多く集まり、従来の規制により資金集めもできないばかりか地方自治体からの予算も削減されるという状況が起こる。

Zeigler & Lederman (1992) は、同様の理由でバウチャー制度に反対している。最大のポイントは、バウチャー制度が「権利」か「選択肢」かという誤った決断を国民に迫ることだ。いかなる理由によっても拒否されることなく、誰でも地元の学校に入学し教育を受けられるというのが従来の公立学校の姿であり、それを選択肢と天秤にかけることこそがおかしい。彼女らは主張する。

“the challenge in education reform remains in the improvement of public education and not in its abandonment, and in strengthening the ties between schooling and democracy rather than in severing them.”[1]

「教育改革における試練は、公教育の放棄にではなく改善に、学校教育と民主主義の関係の分離にではなくその強化にある。」




[1] Ziegler, C. L., & Lederman, N. M. (1991). School Vouchers: Are Urban Students Surrendering Rights for Choice. Fordham Urb. LJ, 19, 813.


2011年5月23日月曜日

公立学校の解体 ~日本への警告 7~

【主張】教育政策担当: 鈴木

*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。


 ハリケーン・カトリーナ後のニューオーリンズの教育政策で明確なのは、従来の学校システムの解体が、極端な規制緩和と民営化を可能にしたということだ。もともと州の不十分な教育予算のために貧しいコンディションにあったニューオーリンズの公立学校だが、その80%は、カトリーナにより壊滅的な被害を受けた(Buras, 2009)。しかし、瀕死の状態であった従来の学校システムが求めていた支援の手は、いつまで待っても来ることはなかった。 

 カトリーナ直後、ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)を始め、Heritage Foundationなどの保守的シンクタンク等に所属する彼の崇拝者たちが、システムが完全にダウンしているその機会に、民営化、規制緩和、そして公的部門の大幅財政カットという、ショック・ドクトリンのトレードマークとも言うべき3本柱を軸とした劇的な教育改革に取り組むべきだと主張したことは既に書いた。カトリーナから5か月後の2006年1月、教育民営化論者として知られるUrban InstituteのPaul T. Hill and Jane Hannawayは、The Future of Public Education in New Orleansニューオーリンズの公教育の未来というレポートにて、全国の学校システムのモデルとして新しいニューオーリンズ市学校システムのビジョンを描き、以下の点を主張した(Saltman, 2007)。

1. 従来の公立学校の再建を拒否
2. 教員の一斉解雇
3. 教員組合の解体
4. 教育における中央集権の撤廃
5. エジソンスクールなどの営利目的の教育企業及びその他の組織などによる学校運営の承認

  結果的に、ニューオーリンズ市の学校システムはこの主張の通りに再構築される形となった。2005年11月、カトリーナ後3カ月というスピードで、Act 35という一つの法がルイジアナ州政府によって採択された。“the state takeover bill”(州乗っ取り法)との異名をとるこの法案は、復興支援法案であるにもかかわらず、「成績不振」校の基準を上げることにより、ニューオーリンズ市のほとんどの学校を成績不振校として州教育委員会の管理下に置くことに成功した。Act 35以前の基準であれば、該当はたった13校であったはずなのに、2005年11月には全128校のうち107校が州の管理下に置かれることになった。

また、これと時を同じくして4000人の教員(そのほとんどは黒人、ベテラン、組合員)が、災害による財政カットの名目で一斉解雇され、最終的には2006年1月までに7000人いた職員のうち61人以外全員が解雇されるに至った。この同じ月に、ニューオーリンズ市長が、世界レベルの教育を目指すべく完全チャーター制学区の形成を提案したところ、そしてブッシュ政権が$488 million(約400億円)もの予算をバウチャー制度導入に提示したところを見ると、従来の学校システムの再建は、新しいニューオーリンズ市の教育ビジョンには最初から含まれていなかったことがうかがえる。

 実際に、カトリーナから4カ月が経過したこの時期に、再び開校にこぎつけた学校は市内128校のうちのたった20校、学校に復帰できた生徒は62,227人中10,000人強に過ぎなかったCapochino, 2007)。その後、十分な数の座席が確保されなかったこと、貧しいアフリカ系アメリカ人や障害を持った生徒など、一部の生徒が学校に受け入れられなかったことで数多くの訴訟が発生した。しかし、これらの学校の再建は一向に進まず、カトリーナ後1年経ってもまだ、これらの学校の生徒たちの多くは、教えてくれる先生はおろか、本や勉強するための施設さえも与えられない状態が続いた(Buras, 2009)。

ここで、先に紹介した保守的シンクタンクの一つであるUrban Instituteが発表した「ニューオーリンズの公教育の未来」レポートで掲げられた5つの主張が、今日アメリカの多くの州で現実となっていることを指摘しておくべきであろう。

まず、今のトレンドは、従来の公立学校の「解体」であって、成績の伸び悩む学校を「改善」することではない。連邦政府教育長官のArne Duncan(アーン・ダンカン)は、よく “school turnaround” という言葉を口にするが、彼の理念は実際には学校を一度閉鎖し、チャータースクールとしてリオープンすることで、“school takeover”と呼んだ方がふさわしい。現に、シカゴ市の教育長を務めていた時代に彼が主導したRenaissance 2010というプロジェクトは、成績の悪い100の公立学校を閉鎖し、営利・非営利目的のチャータースクール、コントラクトスクール、マグネットスクールとしてリオープンし、学区の規制に捉われずに運営することを承認するものだった(Saltman, 2007)。アメリカ教育界を翻弄している連邦政府主導のNo Child Left Behind (NCLB)も基本的には同じ路線だ。NCLBは、成績の悪い学校に対してはサポートではなく、段階的な罰を与える。そして、最終的には学校閉鎖、そしてチャータースクールとしてのリオープンに至る仕組みだ。また、NY市でも今年だけで合計27の学校が閉鎖されていて、そのほとんどは来年度からチャータースクールにとって代わられることになる(Gotham Schools, April 29, 2011)。

 NCLBに関して、Alfie Kohnが次のような指摘をしている。

“NCLB itself appears to be a system designed to result in the declaration of wide-scale failure of public schooling to justify privatization.”[1]

NCLBは、民営化を正当化するために、公立学校教育が広範囲で成績不振の結果を生みだすようにデザインされたシステムのようだ。」
 言うまでもないが、これは先に紹介したAct 35の説明そのものであり、Saltman (2007)やTaubman (2009)が、NCLBを教育政策におけるショック・ドクトリンの適用 ― つまりアメリカの教育が危機的状況にあるということをNCLBが証明することによって劇的なショックトリートメントを可能にすること ― と分析するのは、まさにこのような理由からだ。フリードマンの言葉が思い出される。

「現実の、あるいは仮想の危機だけが真の変化を生む」


変化は確実に起こった。現在、既に都市としてアメリカで最多のチャータースクールを誇るニューオーリンズだが、2012年までにはおよそ75%の公立学校がチャーター化されるという。


あとがき
ここまで、いかに従来の公立学校システムの解体がバウチャー制度やチャータースクールの大規模な導入による劇的な教育改革を可能にしたかを述べてきた。今後、これらの取り組みが生む教育機会の不平等を考えていきたい。


[1] NCLB and the Effort to Privatize Public Education, in Many Children Left Behind, Deborah Meier and George Wood (Eds.), Boston: Beacon, 2004, pp. 79-100.

公教育における「公」と「私」の境界の不透明化 ~日本への警告 6~

【主張】 教育政策担当: 鈴木

*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。




「本当に危機に瀕しているのは教育における
真のパブリック(公共)という概念そのものだ…。」

(“In fact, the very concept of a truly ‘public’ education is at stake…”)


 
 これは、Kristen Buras2009年の論文(We have to tell our story’: Neo-griots, racial resistance, and schooling in the other south.)からの引用だ。「公教育」とその「概念」とを区別しているところが実に興味深い。

2005年のハリケーン・カトリーナ後、ルイジアナ州ニューオーリンズでは、州政府だけでなく、連邦政府やその他学校選択制及び民営化の実現を追求する様々な組織の支持を受け、アメリカ史上最大の公立学校チャータースクール化が進められた。非営利団体だけでなく、営利目的の会社も広く招かれ、公的資金により実に多くの学校が新設された。それにより、学区制は廃止され、選別されることなく誰でも地元の学校に入れるという伝統的な公立学校の概念はもはや過去のものとなった。

あれから6年、今ではチャータースクールのない学校システムを想像する方が難しいほど、チャータースクールは着実にアメリカの教育システムの中で市民権を得てきた。チャーターの他にも、私立学校に通う子どもを持つ家庭に公的資金からの補助金や免税が与えられるバウチャー制度なども、公教育のディスコースの中でよく語られるようになった。つい昨日も億万長者によって展開されるバウチャー制度のこんな記事があったばかりだ。まさにここに見られるのは「公教育」という概念の変遷と拡大であり、「公」と「私」の境界の不透明化だ。これは、今日のアメリカ教育を支配する新自由主義的市場型教育改革を分析するにあたり非常に重要な視点だと考えている。これ念頭に置き、話を進めていきたいと思う。

(続く…)

2011年5月21日土曜日

今日の教育情勢を読み解く鍵 ~日本への警告 5~

【主張】教育政策担当: 鈴木

社会を取り巻く大きな流れが、教育という場でいかなる形にて表現されるか。

 教育を社会から切り離して考えることはできない。だからこそ、ある教育政策や教育問題を見つめる時、それを取り巻く社会的、政治的、文化的、歴史的背景の中に位置づけることが必要となってくるのであり、時空から独立した一つの点として教育だけを抽出してみても、問題の本質もわからなければ、その解決にもならない。

過去4回、カナダ人ジャーナリスト、ナオミ・クラインの世界的ベストセラー、『ショック・ドクトリン』をレンズとして、1973年のチリのクーデターに始まり、2003年のアメリカによるイラク進出、2004年のスマトラ沖地震、2005年のアメリカ本土を襲ったハリケーン・カトリーナなど、一見「アメリカ教育最前線」とは何の関係もなさそうなことについて書いてきた。『ショック・ドクトリン』の最大の意義は、これらの事件を通して見えてくる新自由主義の世界的な広がりを綿密な調査と膨大なデータに基づき、実に約600ページに渡って描き出す(引用されたデータは全てウェブにアップされている)ことで、教育など、今日のアメリカ事情をその大きな流れの中で分析する術を与えてくれることだ。

現に、クラインのセオリーはノーベル経済学賞受賞経済学者のJoseph E. Stiglitz2001年受賞)やPaul Krugman (2008年受賞)を始め、様々な学術分野で広く引用されている。教育学も例外ではない。若手のKenneth Saltman2010年のAmerican Educational Research Association (AERA)並びにAmerican Association for Teaching and Curriculum (AATC)両団体の年間最優秀賞を受賞したPeter Taubmanも、受賞作品Teaching by Numbersの中でショック・ドクトリンがいかにして教育の場で用いられてきたかを綴っているし、クラインの分析はHenry GirouxBeyond the biopolitics of disposability: Rethinking neoliberalism in the New Gilded Age)やCameron McCarthyThe new neoliberal cultural and economic dominant: Race and the reorganization of knowledge in schooling in the new times of globalizationなどの巨匠の研究をもインフォームしている。

 ちなみに、過去4回の投稿が、過激すぎる!偏っている!日本の人々の不安を煽っている!最初の主旨からずれている!アカデミックじゃない!一緒にされたくないっ!!とのお叱りをこのブログの編集仲間たちから頂戴し、この一週間、人知れず大いにへこんでいたところだ。また、「ニューオーリンズに行ってから変わった」との指摘も受けた。確かに心当たりはある。今回そこら辺から始めようと思う。ただ、シリーズタイトルの「日本への警告」に関しては、色々考えたがそのまま残しておきたいと思う。実際、少しでも日本の人々の危機感を高めることができたなら、という気持ちでこれを書いている。書かずに後で後悔するくらいなら、オーバーリアクションと取られた方がよっぽどましだ。ナオミ・クラインは、ショック・ドクトリンに立ち向かうには、我々が「ショック・レジスタンス」(ショックに耐え得る力を持つこと)になることだと言っている。そして、インフォメーションこそがその鍵なのだと。少しでもインフォメーションの共有に貢献できればと思う。

では、忘れる前に…。

*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。

 およそ一か月前、学会発表のため、ニューオーリンズに行ってきた。自分の発表の他、著名な学者たちの発表を見るだけでなく、2005年のハリケーン・カトリーナが残した爪跡を見学したり、このブログから始まった「世界から日本へ1000のメッセージ」のメッセージを地元の人々から集めたりと忙しく動き回ったが、自分にとっての最大の山場は意外なところにあった。

滞在最後の夜、ニューオーリンズの教員組合とAmerican Educational Research Association (AERA)Social Justiceグループが合同開催したイベントに参加したのだ。University of Wisconsin-MadisonMichael Apple教授が参加するセッションを探していて偶然見つけたものだった。(実際には彼は当日欠席となってしまった。)そこには地元の教員たち、彼らと密接に仕事をしているKristen Burasという一人の若い教育学者(Appleの弟子でもある)、それにAERA参加のためにニューオーリンズを訪れていた大学院生やごく少数の学者たち、およそ40名が集まった。

 前半は地元の教員たちとKristen Buras教授が、カトリーナ後のニューオーリンズにおける教育政策について一人ずつ話をしたのだが、そこで聞いた話はどれも耳を疑うような悲惨なものばかりだった。まずはカトリーナの翌年早々に、“disaster unemployment”(災害解雇)と称して、ニューオーリンズ市の教師が4000人一斉に解雇されたこと。そして解雇されたうち4人に3人は黒人であったこと。どうしても復職を希望する教員は、8つの異なるテストをパスすることが条件として求められたこと。そのような屈辱を受けることを拒否し、他の都市で教えることを選んだベテラン教員が数多くいるということ。運良く解雇を免れた者も、それまでの倍以上のお金(月々$790)を自己負担しなければ福祉の手当ても受けられなくなったこと。損害を免れ再び開校した学校も、成績が悪いとの理由で次々と閉鎖、チャーター化され、その度に教員は一斉解雇されたこと。自分が以前勤めていた学校がチャーター化された場合、定年者は福利を受ける権利を剥奪されたこと。それらの理由により、ニューオーリンズでは何歳になっても安心してリタイアできない状態であること…。

これらの実体験を教員たちの口から聞くのは、非常にパワフルな体験だった。5週間前に第一子を出産したばかりというニューオーリンズ出身のKristen Buras教授も、2005年以降ニューオーリンズで「改革」の名のもとに実施されてきた政策を感情露わに批判していた。そのようなことを一つも知らなかった自分は愕然とし、「伝えねば」という強い想いが自分の中に芽生えるのを感じていた。この、「日本への警告」シリーズを書き始めたのは、まだ興奮冷めやらぬニューヨークへの帰りの飛行機の中だった。ニューオーリンズに行ってからトーンが変わったと言われても仕方のないことなのかもしれない。

 ニューヨークに戻り、カトリーナ後のニューオーリンズの教育政策をリサーチし始めると、二つのことがわかってきた。一つは、壊滅的な被害を受けたニューオーリンズの学校システムが、市場型教育改革(又は新自由主義的教育改革)の実験場として絶好の機会を提供したこと、二つ目はその「改革」の手法―ショック・ドクトリンの教育政策における適用―が今日のアメリカの至る所で使われており、結果的に公教育の危機を招いているということだ。その意味で、昨年のロードアイランド州に始まった教員一斉解雇の動き、ウィスコンシンから広まった今日の公務員団体交渉権剥奪運動、全国で広がりを見せる教育の民営化運動を正確に読み解く鍵がニューオーリンズにあると思っている。

(続く…)

2011年4月30日土曜日

誰のため、何のための復興なのか? ~日本への警告 4~

【主張】教育政策担当: 鈴木

*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。

 ここ数回に渡り、ミルトン・フリードマンとその崇拝者たちがクーデターや自然災害などの社会危機に乗じて推し進めてきた市場原理主義的経済改革の恐ろしさを、社会危機のさなかにある母国日本への警告として綴っている。

一つ注意しておきたいのは、私は規制緩和や民営化という概念自体が問題だと言っているのではないということ。ただ、1973年のチリのクーデター、2003年のアメリカによるイラク進出、2004年のスマトラ沖地震、2005年のアメリカ本土を襲ったハリケーン・カトリーナなどで、市場原理主義者たちが経済改革の手法として用いてきた「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クラインによる命名)は、国の利益を第一に考えたものであり、その「国」そして「利益」のビジョンの大部分を占めるのは一部の企業とエリートだけであり、それ以外の人々、特に被災者や貧困層などの社会的弱者は必然的に恩恵の外へと追いやられることだ。

現に、1973年のクーデター以降、独裁者ピノチェトに経済アドバイザーとして迎え入れられたフリードマンと彼のシカゴスクールの教え子たちによる経済政策によってチリの経済は活性化したものの、現在チリは南米で最も貧富の差が大きい国の一つになってしまった。

イラクでも間違いなく一番恩恵を受けたのはブッシュ政権から様々な事業を委託された大企業たち。そして、彼らが銃弾の飛び交う危険地帯(レッド・ゾーン)の真ん中に造り上げた安全地帯(グリーン・ゾーン)の利権を買えるのはイラク人以外の外国人とイラク人政治家たちだけだ。ほとんどのイラク人はいつ撃たれてもおかしくない状況で暮らすことを余儀なくされた。

スマトラ沖地震でも同じことだ。津波で壊滅した海岸沿いの無数の漁村が、今では一大ビーチリゾート地になっている。パニックに乗じてそれら全ての土地が、地元の人々との交渉もないまま海外の企業家たちにタダ同然の値で手渡されたのだ。それもその筈、スリランカ政府が復興事業を委託するために立ち上げた外的機関Task Force to Rebuild the Nation (TAFREN)のメンバー10人のうち、5人が観光産業の要人だったのだ。(詳細はTourism Concernレポートを参照のこと。ちなみに、現在ミシガン州で新知事スナイダーにより初の「非常事態宣言」が発令され、町全体が企業の管理下に置かれようとしているBenton Harbor。知事によりそこの非常事態マネージャーに任命された人物は、何年もの間、町の人々の唯一の財産であるビーチラインの公園を一大ゴルフリゾートにするために立ち上げられたNPOの理事を務めてきた人物だ。詳しくはこちら。)

『ショック・ドクトリン』の中で、ナオミ・クラインがスリランカ政府の声明を引用している。

“In a cruel twist of fate, nature has presented Sri Lanka with a unique opportunity, and out of this great tragedy will come a world class tourism destination”

「残酷な運命のいたずらで、自然の力がスリランカにまたとない機会をもたらした。この未曾有の悲劇から世界有数の観光地が生まれることだろう。」

このような地上げ行為はハリケーン・カトリーナが襲ったニューオーリンズでも起こった。一大観光地であるフレンチ・クウォーターのすぐ隣には、幾つもの公団が立ち並んでいて、カトリーナ以前から企業家たちがそれらの土地を狙っていたのだ。カトリーナがそれらの地域に壊滅的なダメージを与えた時、ニューオーリンズ有数の共和党議員がロビーイストたちにこう言った。

“We finally cleaned up public housing in New Orleans. We couldn’t do it, but God did it.”

「とうとうニューオーリンズの公団を片づけることができた。我々はできなかったが、神がやってくれた。」

 復興作業がいつまでたっても進まないために避難したニューオーリンズの多くの人々が戻れない状態が続き、空き家になっている家々は次々と没収されていった。カトリーナから一年が経過した2006年9月には、St. Bernard Parishの4000の家が壊され、一年半後の統計ではニューオーリンズの人口はカトリーナ前の約半分の444,000人に減っていた。明らかにアメリカ政府が貧困層の人権を守る努力をしていない状態を見て、とうとう国連が2006年7月28日に非難声明を出したほどだった。(詳細はTeaching the Leveesから。)

 前にも書いたが、このように世界中で同じようなことが繰り返される状態を見て、知識人やジャーナリズムにいる多くの人間が訴えている。


 これはもはや「ミス」ではなく、実は緻密な計画に基づいたものでる。


(続く…)